『殯の森 』(2007)

殯の森 [DVD]

殯の森 [DVD]

河瀬直美
【日本/フランス・97分】


“カンヌグランプリ”、“ひとりよがり”が付いて回るなあ。
あまり既存の意見に影響をうけないように解釈したい。

優等生が悪さをしてみた、みたいな印象でした。個性を出したいという気持ちと、ここが見せたいという絶頂部分がわかりやすい。97分って短いと思って観たのだけど、長かった。生と死、ドキュメンタリー風のためにテンポをゆっくりにしたのだろうけど、なくてもいいんじゃないかというシーンが前半で時間をくっていたので、途中でしんどくなる。がんばれば観れないことはけっしてないけど、観客に優しくないな、っていうのはずっと思った。たとえばラストで「ここで終わったら気持ちいいだろうな」という所でことごとく終わってくれない。オルゴールも長くて、少し冷めてしまう程度にしつこいので、頑張ってみたあとにカタルシスが得られない。最後の最後、救いを欲しているのにもかかわらず、監督の自己表現・自意識みたいなものを見せられている気がして(尾野真千子に「ありがとう」というセリフを言わせてしまう。そこで監督の「この映画はこうなんだ」というレッテルが出現してしまう。90分解釈しようとし続け、それでも解釈しようとする好意的な観客に敵意を剥き出しにしてしまっているように感じる。)「受身」の立場におかれてしまう。そのせいで解釈がむずかしく、その部分で“ひとりよがり”と言われるのかもしれない。

だけど、嫌いじゃないです。サークルで7人くらいでみてて(数人爆睡!)「結局、33回忌をしたかっただけでしょ」「あの水はなんだったんだ」とか言ってて、まあなんかこっちの解釈でこじんまりとくくってしまえば長くてつらいだけの映画にできてしまえなくもない。だけどとりあえず、「あの水」の解釈としては普通にフラッシュバックでいいんじゃないのかな。シーンの意味もあそこでああなる気持ちも、わからないことはけしてないです。
あと、裸で温め合った翌日(キチンと服を着ている)、うだしげきが少し向こうに背中を向けて立っている女性をみつけるシーン。ここで、その女性の存在位置としてはおそらく現実の世界の人間ではない、そしておそらく死んだしげきの妻・真子であろう、となる。その女性のもとにしげきは歩いていくのだけど、ここで彼は彼女の目の前に回りこんで、顔を確かめてしまう。ここが、神聖さを求めるならナンセンスという感じがしてすごく好きでした。踊らなくてもよかったけど・・・。



ネット上で色々バッシングをされてたのをみたけど、とりあえずダメだクソだとか言ってるひとはじゃあ何を見てて何を知っているのか気になりました。だから、こういうのを何人かで見て、直後の生の声をぶつけあいたいと思ったのです。それってすごく楽しいから。


THE END