『鳥』(1963)

『鳥』(1963) THE BIRDS

アメリカ・120分】

鳥 [DVD]

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監督: アルフレッド・ヒッチコック
原作: ダフネ・デュ・モーリア
脚本: エヴァン・ハンター
撮影: ロバート・バークス
出演: ティッピー・ヘドレン、ロッド・テイラー、ジェシカ・タンディスザンヌ・プレシェット

■あらすじ:主人公・メラニーは、妹へのプレゼントに“愛の鳥(ラヴ・バード)”を買いに来たという弁護士・ミッチーと出会う。出会いがしらに失礼なことばかり言うミッチーへの仕返しに、メラニーは彼が買い損ねたラヴ・バードのつがいを届けて驚かそうと、彼の滞在している田舎町へ向かう。しかし、町に着いた途端、彼女を一匹のカモメが襲う。ケガの手当てをするべくミッチーとともに入ったカフェの窓から見えたのは、人々を襲う鳥の群れ。 そして不吉な鳥たちは、次第にその数を増やしていく・・・。

ヒッチコックのすごい所といえば、物語を「語る」簡潔さと、目をひく「技法」とが嫌味なくかみ合っている点だ。さらにお得意の「心情描写」が加われば、なるほどあっという間に彼の映画に魅了されてしまう。

思わず目を疑ってしまうのが、あの有名なガソリンスタンドのシーン。

主人公・メラニーの視線の先と彼女の表情とを、動画と静止画による切り返しで見せてしまう。

静と動をつなぐ、という浮き上がった編集。まさに不自然。物語冒頭で見た、ミッチーものとへ向かうメラニーの車の中で揺れる“ラヴ・バード”のつがいの、カーブの度に体を傾けバランスをとるという可愛らしい振る舞いを思い起こせば、この作品は正々堂々と、作為的であることをアピールしているかのようにも思われる。



そして、サスペンスの巧みさを賛美したくなるのが、ジャングルジムに集う鳥たちを、メラニーが発見するまでの1シーン。ジャングルジムに背を向けた主人公に鳥の姿は見えなていない。しかし、カメラの視点で観客は鳥たちが集う様子を覗き見している。ジャングルジムに黒い影が広がるが、主人公は気がつかない。いつ襲われるのか、いつ気付くのか、観客はハラハラさせられる。ふと主人公が視線を上げると、一匹の鳥が飛んでいるのが見える。カメラの視点と同化した主人公の目がその一匹を追って向き直ると、ジャングルジムには何百匹という鳥の大群がとまっている。一瞬にして湧き上がる恐怖。古典的かつシンプルな切り返しの中で行われる細やかな恐怖の演出であり、1匹ならばさして気にも留めない身近な鳥たちが、次第にその数を増やし、狂暴に人間たちを襲撃していく、というこの映画の全体像を簡潔に語ってもいる。



ヒッチコックほどに観客の視点を先読みしながら、彼らの期待通りの映画をつくりあげるサービス心旺盛な作家が他にいるだろうか。本作は観客の「鳥が人間を襲う」というサスペンスへの期待心をしぼめてしまわぬよう、いたるところに「恐怖」を予感させる演出が施されている。冒頭、間違いなくこれは「鳥」の映画であることをほのめかし続け、終始、視覚的な満足感を与えるべくかなりの数の鳥まで用意してくれている。

そして、観客が先のシーンで何を見て、記憶しているのか、を的確に予測した情報開示。ミッチーの母親の狂気をにじみださせる心理描写とともに「割れた食器」と「死」を執拗に描いた後にくるものは、やはり「割れた食器」であり、それを見た観客が予感するものはまぎれもなく「死」なのである。



そして、ヒッチコックは本作で、シネフィルの大好きな「メタファー(隠喩)」を見せる。

映画好きの誰もが陥りそうになる罠・・・メタファーの魅力。かくいう自分もメタメタな映画をつくりました。結果、たいていの作り手はひとりよがりで終わってしまう。観客にはぜーんぜん伝わらない。



『鳥』におけるメタファーも、たしかに解りにくい。しかし、ちゃんと観客のことを考えている。

“鳥”が何かのメタファーなのではないか、と考えることは無駄ではないと思う。母親の息子への執着?色々考えはでてきそう。

しかし、ヒッチコック自信が取り上げて自明してるのは「メラニーと鳥籠」におけるメタファーである。

初めて鳥たちの集団襲撃をうけたメラニーは電話ボックスに閉じ込められる。その周囲を悠々と飛び回る鳥たち。ここで人間と鳥の、立場の反転が起こる。メラニーは電話ボックスから出ようと試みるが、鳥たちの攻撃が恐ろしくて出ることができない。ガラスには次第にひびが入り、メラニーは恐怖に震える。そこへ間一髪ミッチーが現れ、彼女を救い出す。

さらにラストシーン、ついにメラニーが家に忍び込んだ鳥たちによって制裁を加えられる。ここでもやはりメラニーは部屋から脱出することができず、崩れ落ちてしまう。そして、ミッチーが助けに現れるのである。

どちらのシーンでも、メラニーは籠から一人では出られないか弱い「箱入り娘」なのである。そしてそのことは、冒頭の2人の出会いのシーンにおけるミッチーの「君も金ぴかの鳥籠に戻してやろうか」という嫌味なセリフに裏打ちされている。(これはヒッチコックが即興で言わせたセリフらしいが、それもまたすごい)さらに彼女が近況を幾度も父親に電話で連絡していること、彼女の背景を表すセリフの数々、さらには服装や振る舞いなどのあらゆるものが、難解なメタファーを読み解きやすくする方向へ、効果的に機能している。